あなたと踊れるなら


(お兄様)
(なんだい、ナナリー)
(お願いがあるのですけど)
(なんなりと、俺のちいさな姫君)
(んもう、ちゃかさないでください。すごく…恥ずかしいんですから)
(お前が俺に恥ずかしいことなんてあるはずがないだろう?…言ってごらん)
(あの…お兄様…えっと…)
(ん?)
(明日の舞踏会、私と踊っていただけませんか?…あの、その、お兄様がいろんな方と踊るのが皇族としての務めだと思っているのは知ってます。知ってますけど…やっぱり、その…)
(やっぱり?)
(……お兄様!意地悪ですよ!)
(ははは、悪い、ナナリー。焼いてくれるのかい?嬉しいな)
(お兄様!)





―あと1時間。

私室にて、皇女ナナリーは侍女たちに着飾られながら、昨晩の兄との会話を思い出していた。

―あと1時間でお兄様と踊れる。


「ナナリー様、とてもお綺麗にできましたわ」
「これならきっとルルーシュ殿下もびっくりなさいますわね」
「え?」

 自分の考えに没頭して聞き流していた侍女たちの言葉に、まさに今考えていた人の名前が聞こえて思わず聞き返してしまう。

「どうなさいました、ナナリー様」
「いえ、すみません、ちょっとぼーっとしてしまって。…今なんて言ってました?」
「ルルーシュ様もびっくりするほど綺麗にできましたね、と」
「もしかして、またルルーシュ様のことお考えだったんですか?」
「ナナリー様ったら、ふふふ」

 ナナリーは口々に冷やかされて、真っ赤になってしまう。
「そ、そんな…」

口ごもれば口ごもるほど自分が兄のことを考えていたと証明してしまうようで、侍女たちの格好のおもちゃとなるのが常のこと。

「ナナリー様は本当に殿下のことがお好きなんですわね」
「それは、あれほど素敵な皇子殿下でいらっしゃいますもの。正に白馬の王子様、という言葉がぴったりで」
「そうですわね。あれほどお美しくていらっしゃるのに頭の良さも備えていらして。あれでもう少し運動が得意でいらしたら」
「そうそう。でもそんなところもお可愛らしくて」
「素敵ですわー」
「憧れますわよね」
「私もあんなお兄様がほしいですわ」
「あー、私がもう少し家柄がよければ結婚相手に立候補しますのに」
「だ、だめです!」

口々に兄を絶賛する侍女たちに、ナナリーは思わず大声をあげてしまう。

「お兄様は…おにいさまは」
「俺が何だって?」

ふと予想しなかった扉の方角から、渦中の人の声が聞こえて侍女たちから一斉に押し殺した歓声があがる。

「お兄様!」

白と金をモチーフにした豪華な礼装。
あたりの空気を払うほどの気品あふれた完璧な姿で、彼女の兄は女性陣に歩み寄る。
後ろには彼の騎士であるジェレミアも同じく礼服で控えているが、そこは心得たもの、兄妹の会話を邪魔するようなことはしない。

「迎えに来たよ、ナナリー。…すまない、レディたちの会話を邪魔してしまったかな?」

 くすくすと忍び笑いが続く侍女たちを見渡して、少し妙な空気を感じ取ったのか、気を使うルルーシュ。
そんな事にも侍女たちは心得たもの。

「いいえ、大丈夫ですわ、ルルーシュ様。もうナナリー様のお支度は終わっています」
「ナナリー様が素敵な兄上をお持ちでうらやましいと申しておりましただけですの」
「そういうわけですので、殿下、ナナリー殿下をよろしくお願いいたしますね」
「え、えっ?」
「ああ、もちろん」

 薄情な侍女たちに押し出されるように、ルルーシュの前に押しやられるナナリー。
オレンジ色のドレスは色の白く細々しい彼女をふっくらと女らしい魅力で引き立て、美しく彩っている。
真っ赤になって恥ずかしげにうつむく彼女をじっと見て、ルルーシュは満足げな笑顔を浮かべる。

「うん、綺麗だ。さすがは俺の妹だな」
「おかしくありませんか?」
「俺の言葉が信じられないか?」
「お兄様はときどきうそつきでいらっしゃるから」
「こんな時に嘘はつかない。綺麗だよ、ナナリー」

さっとエスコートの腕を差し出すのもルルーシュには慣れたものである。
おずおずと差し伸べられたナナリーの手をとり、自分の腕に組ませる。

「…ありがとうございます」
「どういたしまして。参りましょうか、ナナリー姫」
「はい、ルルーシュ皇子」

気取りすぎた会話に思わず顔を見合わせて噴出す二人を、後ろに控えたジェレミアはこの上なく微笑ましいと見守っていた。




「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア皇子殿下、ならびにナナリー・ヴィ・ブリタニア皇女殿下ご到着です」

広間の扉を開き、高らかに宣言する門衛にも、周囲の人にも帝国一高貴なと称される笑みを向けながら堂々と歩くルルーシュ。
そしてそのルルーシュにエスコートされたナナリーは、皇女らしく前を向いて慎ましく歩きつつも小声でルルーシュに話しかける。
もちろんルルーシュも前を向いたままでナナリーと顔を合わせはしない。こういったことには慣れている。

「…お兄様、なんだかいつもより注目されているみたいで恥ずかしいです」
「なぜだい?…ああ、ナナリーがいつも以上に綺麗だから注目してるんだね」
「いえ、そんな!それはお兄様が素敵だから…」
「俺のナナリー以上に目立つ存在なんてありえないさ。自信を持っていい」
「お兄様、意地悪です。ちゃかしてばかり」
「俺は本気だよ、ナナリー。俺にとってはいつだってお前が一番だ」
「…お兄様」
「ああ、あとでな」

いつのまにか指定された皇族席まで着いていたのである。
皇女席に自分を座らせ、自らも席に着くルルーシュを、ナナリーは内心不満に思いつつも皇女スマイルで見届けるのであった。


舞踏会といえば社交の場…といえば聞こえがよいが、事実上適齢期男女の見合い場所でもある。
近くにいるとはいえ、ルルーシュと話をする暇もなく、ひっきりなしにやってくる婚約者候補の男性と乾杯し、会話しつづけることにナナリーは疲れを感じ始めていた。

「踊っていただけますか、ナナリー姫」

背後からかけられた言葉に、反射的に断りの言葉を口に乗せようとしたナナリーだが、次の瞬間満面の笑みで振り返る。

「お兄様!よろこんで」

ルルーシュがすっと手を差し伸べ、ナナリーがごく自然にその手をとる。
その位置がまるで当たり前のように。


二人がダンスホールのセンターに進み出ると、それを見届けたかのように軽やかなダンス曲が流れ始める。
愛らしく美しい二人のダンスに、周囲の目は自然にひきつけられる。

ルルーシュは踊りながらも満足げに妹を見る。

「…ナナリー、うまくなったな。昔はよく足踏まれたのに」
「んもう、そんな昔の話。お兄様のリードがうまいんですよ。…でもうまくなったのならきっとお兄様のおかげです」
「俺の?」
「はい。お兄様と踊りたくて、たくさん練習しました」
「……誰とだ?」
「え?」

いきなり低くなった声にナナリーはとまどう。

「誰と練習したんだ?ダンスの練習だろう、相手がいるはずだ。ジノか?それとも」
「お母様です」
「は?」
「お母様、男性のステップもとってもうまいんですよ。昔騎士だったころに練習したのですって」
「………あの人は…」

仕事ばっかりでナナリー放り出して帰ってこないからそんな事も知らないのよ、ふふん、と言いたげな自分の母親の勝ち誇ったような顔が即座に脳裏に浮かんでげんなりする。
そうだった、マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアという人は皇妃でありながら、その破天荒さではブリタニア皇宮に比ぶるものなしと当代皇帝であるシャルル・ジ・ブリタニアに言わしめた人なのである。
(あとで絶対言われるな、これは)とルルーシュがおびえるのも無理はない。

「お兄様?どうなさいました?」

衆目を集めているので表情は変えていないつもりだが、聡い妹は雰囲気が変わったことに気づいたようだ。

「いや。お前の相手が男だったらどうしてくれようかと考えていたんだが、まさか母上だと思わなくてな」
「お兄様ったら。そんな意地悪してはだめなんですよ」
「何を言う。こんなにかわいい妹を誰かに渡してたまるものか」
「…お兄様。私、お兄様と踊れて本当に嬉しいんです」
「ナナリー」

曲が終わる。
見目麗しい皇子と皇女の微笑ましいダンスに向けて送られた盛大な拍手をかいくぐり、ルルーシュは少し疲れたからと言い訳しながらナナリーをエスコートしたままテラスへ出る。

「お兄様、ありがとうございました」
「ああ」
「私、いつもお兄様と踊れる方がうらやましくて。私は皆さんのように大人じゃないから…」
「は?何のことだ?…確かに皇族としてダンスを申し込まれることはあるが、ユフィの相手としてだぞ?」
「ユフィ姉さまの?」
「その他の相手ならなんとでも適当にごまかせるからな。さすがにユフィだけはちょっと」

断った場合、本人よりもその姉が恐ろしいのだ。

「だから、俺が望んで踊りたいのはお前だけだよ、ナナリー」
「お兄様……」
「踊っていただけますか、姫君」

自慢の兄からの誘いは本当に夢のようで。

「はい、喜んでお兄様」

あなたと踊れるならば、一晩中でも。(fin)


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キセキの誕生日イベントの熱さめやらず、スペシャルEDのエンディング一枚絵から妄想。
V.V.伯父さんが襲撃よりも前にくたばってて、シャルルさんがうっかりマリアンヌさんにほだされて、ラグナレクやるのが惜しくなってたらこんな現在もあったかもしれないというIF。
マリアンヌとユフィは死なない、ナナリーの目と足は問題なし、スザクも日本で坊ちゃんのまま=ルルナナとは知りあわない(笑)。
ルルーシュさんはアッシュフォードに行ってないので、とんでもなく扱いにくい人になってると思われます(笑)シュナ兄様並み?あ、ナナリーも性格違うはずだけど、ま、いいか。


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